私は、子供を見ているだけで気持ちがなごむ。ことにちいさな生まれたての赤ちゃんだったりすると、見ているだけで幸せを感じてしまう。町で赤ちゃんを見つけたりすると、ついのぞき込みたくなる。もっとも、実際にはやらない。中年男性が「赤ちゃん可愛いですね」と、ベビーカーをのぞきこんだりすると、若いお母さんは子供を隠して逃げ出してしまうのがオチなのだ。中年女性だと自然にそういうことができるのになぜだろう。
どうも、日本では男性が子供を好きだということを態度にあらわすと、変なおじさんと見られるようなのだ。これはどうにも納得がいかない。男だって、子供は可愛いいのである。おばさんが子供を可愛く思うのと同じぐらいに、おじさんたちも子供を可愛く思っているのも理解して欲しい。
ただ、男性の場合、子供に対する感情というのは、子供を育て、子供と関わることで変わるというのは確かなようだ。子供を育てていく過程で、子供を愛しい、可愛いと思える感情が培われるようなのだ。子供が産まれて、はじめて我が胸に抱いたとき、おそらく、すべての親が感じていることだろうけれど、心のそこから可愛いなと思った。顔かたちではなく、その体重の軽さとか、手指の小ささとかそういうものが、いとおしく可愛く感じられたものだ。そして、一旦、その感情を経験してみると、そこで終わらないのである。息子だけでなく、他の赤ん坊もみんな可愛く思えてくるのである。
また、赤ん坊というものにも、生まれたてから2ケ月、6ヶ月、1年といろいろな段階があることを知った。こんなこと当たり前のことなのだが、自分の子供が産まれるまではそんなことを意識したことはなく、みんなひっくるめて赤ん坊という認識しかなかった。これが子供をもつことで変わる。たぶん、子供そのものに敏感になるのだろう。
こうした子供を大事に可愛く思う感覚は、子供を育てていくにつれて、どんどん鋭敏になってくる。今では、幼児虐待というような新聞記事を見たりするだけで、自分の体が切られるような辛さを感じるようになった。子供をもつ以前もかわいそうだとは思ったが、ここまで自分が辛くなったりはしなかった。
私事で恐縮だが、私どもの長男は今年小学校へあがった。次男は幼稚園児である。私は、商売柄、宴会や出張が多いが、たまに早く帰ると、子供達は、一直線に私にとびこんでくる。子供達は、今、私を必要としているのだ。だから休みの日にはできるだけ遊んでやるようにしている。いや、「遊んでやっている」のではないな。私は子供と遊ぶのが単純に好きなのだ。一緒に遊園地に行ったりすると、楽しくてしかたがない。それは妻に言わせると「あなたも子供なのよ」ということらしいのだが。
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