深刻な不況が続いている。今までは悪いといっても、私のやっている印刷業のような受注産業では在庫をもつことがないので、倒産というようなことが身近におこることはめったになかった。それが、先月、ある協力会社から、出張中の私の携帯電話に突然電話がかかってきた。社長が自己破産してしまって、仕事が継続できなくなったという。大慌てで、別の協力会社を探したが、長年印刷会社をやっていてこんなことははじめてだった。それからまもなく、京都でも中堅の印刷会社が倒産した。工業組合でも理事を経験されていたような会社だった。
先日、いつも出入りしていた印刷の資材商社の若い営業マンが、暗い顔をして、相談にきた。会社が1回目の不渡り手形をだして、給料も未払いとのこと。そこで、上司からその会社にあったパソコンを売って、給与の代わりにしてくれと言われたという。
ひどい時代になったものだ。こうも立て続けに周辺でこういうことを聞かされると、いかな私でも弱気になってしまう。確かに、ここ何年か、強気で「もうすぐ景気は回復する」とよんで、積極的な設備投資をしたところはみんな裏目にでてしまった。それを「それみたことか」とはやして、みんなで弱気をたたえあっている風潮すらある。しかし、今回の不況は、このような弱気が弱気を呼んで傷を深くしているのは間違いない。これでは不況からはいつまでたっても、たちなおれない。
昨今の、「不況の時代こそが贅沢な生活を見直す契機」だとか、「不景気が常態。これからの生活はそれにみあってシンプルに」というような議論がしたり顔で語られたりするのも正直いっていらだたしい。ご説はごもっともである。環境重視のこの時代、こうした議論に抗うのはいささか勇気がいる。しかし、そうした後ろ向き志向がますます不景気を深刻なものにしている。この手の議論は、「給料がもらえなくて、自社の備品を売り歩いている」ような現実からあまりに遊離しているといわざるをえない。
別にバブルをもう一度やろうというのではない。バブルは土地を持っている人だけが豊かだった。今度は本当に「物を作っている人」みんなが豊かになる真の好況を作り上げるべきだ。そのためにはどうすればいいのか。とりあえず、必要以上に弱気になるのはやめよう。弱気だけを賛美するのもやめよう。そして、豊かさとはなにかをもう一度問おう。物質的な豊かさがすべてではない。しかし、物質的な豊かさもなければなにものもはじまらない。
パソコンを売り歩いていた彼に「権利関係に問題がなくて、完全動作品なら買ってあげよう」と言ったら、すごく喜んでいた。ところが、翌日、彼のつとめていた会社は2回目の不渡りをだして倒産してしまった。彼とはその後連絡がとれていない。
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