英語の時代になった。時代の波に洩れず、当社のような中小企業でも英国の会社と提携することになり、急に英語づいている。
やはり、ここで問題になるのは英会話である。私も英語というと、読み書き中心の受験英語教育を受けてきた世代で、英会話の方はいささかこころもとない。かといって、英国との交渉があるたびに通訳を呼ぶなどということは、不況下の中小企業ではかなえようもない話である。これはもう英会話学校に通うところからはじめるしかない。
最初はとまどった。まず、全然、聞き取れない。そして話せない。したがって会話にならない。中学から高校へ、そして大学へと都合10年間も英語を勉強して、英会話ごときにこれほど苦労するものかと、日本の受験英語教育に毒づきたくなった。
英会話の件でつくづく感じたが、単語力、文法力中心の受験英語というのは英語能力の中のごく一部でしかない。試験というものが、人を選別することを目的としている以上、単語力文法力という点数化しやすいものが、英語力の指標とされているにすぎないのだ。実際に役に立てようとすれば、当然こんなごく一部の学力ではどうにもならない。より実践的な勉強が必要となるし、それは点数で表せるようなものではない。言い古されたことだが、真の勉強は実践の中にしかない。
ところで、皮肉なことに事態を打開したのも受験英語だった。われわれの世代はその名も「試験に出る英単語」なとどという、身も蓋もない参考書を愛用したものだが、受験英語にでてくる単語でも、実際に使われるわけだし、当たり前だが重要単語が多い。このときの勉強のおかげで、英単語とその意味は比較的思い出せた。英単語さえ知っていれば、英作文して口に出すことができ、意図はわかってもらえる。発音は少々破壊されていてるにしても、意図が通じればそれで英会話の目的の九九パーセントは達成しているわけだ。「聞く」方は、ネイティブ(英語を母国語とする人)の発音にさえ慣れれば、あとは英文を読んで意味を理解するというこれまた受験英語の方法論が役に立つ。
こう考えてみると、受験英語も全くの無駄ではないことがわかる。すくなくとも、若い時にしかできない勉強というのはある。英単語丸暗記など、受験という目的でもなければごめんこうむりたい。反対に英会話は通じだしてみると結構楽しく、中年になってからでも続けやすい。
もっとも、こんなことは今になってみてはじめて言えることで、高校のときは私も英語の勉強は嫌いだった。たしかに、中学から高校にかけて英語の面白くない部分の勉強だけさせられて、英語嫌いがふえてしまうというのも、考え物だとは思うが。
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