京都教育大学附属高校第8期生同期会 1997年1月3日




 同期会やりましたよ。中西秀彦がお伝えします。

 それは、正月気分の横溢する。1月3日。都ホテルにて。

同期生64人。先生5人。先生は野々村、長尾、糸井の各担任の先生に加え、美術の山田先生。エピソードに事欠かない池垣先生に来ていただきました。松岡先生は当時から既にご老体でしたが、現在ではさらにご老体の度が進まれ、ご欠席でした(でもご健在だそうです)。

詳しいレポート書きたいとこですが、記憶がはっきりせん。野々村先生のご挨拶からスタートいたしました。声がかすれておられましたが、お元気そうです。乾杯は糸井先生だったかな。迫力の白髪での乾杯でした。糸井先生は付属高校校歌の作詞者でもあるのですが、長年の疑問を聞いてみました。「<ときじくのたちばな>とはなんのことです?」「万葉集にもでてくるが、<ときじくの>はたちばなの枕詞と考えていいでしょう。時がない、永遠のとかそいういう意味です」とのこと(だったと思うのだが、シャンパンをやたら飲んでいてあんまり覚えていない。西本寛にも聞いたのだが)。

忘れてはいけない。立川君だ。見事に復帰されていました。一時は自発呼吸がなかったとか聞いていましたが、松葉杖をついているものの移動は自由だし、言葉もはっきりしていました。これからもますますご活躍されることでしょう。

さて、他はというと。あとはそれぞれ酒を飲んで歓談していたのだ。ここは、写真をみていただくことにしよう。まだ、公式写真がでていないので、私の個人スナップですが。 そうそう、会場で中西提供の修学旅行東北班のスライドというのもやったのですが、個人的趣味がはいりすぎたようです。一部はそのうちご紹介します。

終わりに、池垣先生ご挨拶。

「高校の同窓会ごときに都ホテルを使うとはなんたるこっちゃと思っとったが、立川の話を聞いて、得心した。(立川が)病気になる前からずいぶんお世話になったしの。いい会じゃ」

池垣先生80才だそうです。現在の主治医、北村君。将来お世話になる梶田君と、実名があがっておりました。

そのあと、同じく都ホテルのバーにて2次会。ほとんどがこちらに流れ、そのあと3次会・・・どこまで続いたかは私はしらない。




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