|
このマニュアルは中西亮家において、1960年頃より1970年頃にかけて形成された習慣を中西秀彦が1994年以後伝承し、ドキュメント化したものである。ここまで簡略したものであるから、中西家子々孫々守るように申し渡す。
1st.EDITION 1994.1.4 by 中西秀彦
2nd.EDITION 1996.1.3 by 秀彦、豊子より取材
3rd.EDITION 1997.1.2 proofed by 中西豊子、成子
4th.EDITION 1998.1.6 proofed by 中西秀彦
5th.EDITION 2005.1.2 proofed by 中西秀彦
中西亮(1928-1994 中西秀彦の父)
中西豊子(1933- 中西秀彦の母)
中西成子(1958- 中西秀彦の妻)
1.正月の飾り、用品
1−1 門松
門松は、根つきのものをもちいる。これは神様が降臨したときに、根がついていないとそこから落ちるという言い伝えがあるからである。これに、半紙を半分に折って折り目を下にし、まきつけ、最後に紅白の水引を飾り結びする。水引は右に紅、左に白。これを左右一対つけ、門に針金でしばりつける。針金は、生け花用のものをもちいる。
(最近はあまりに根付き松が高い上に洋風住宅にそぐわないので、省略している)
1−2 鏡餅

鏡餅は、市販のものでもよい。まず、三宝の上に裏白(しだの一種)を2枚かさねて、裏の白い方を上にして敷く。その上にゆずりはをさらに2枚づつおく。この上に、鏡餅を置く。鏡餅の上から、祝昆布をまき、さらにその上にだいだいを置く。鏡餅が近年小さくなっているので、このだいだいがころげ落ちやすい。よって魚串等を鏡餅に突き立てて、その上にだいだいをのせると落ちにくい。ただし鏡餅がつきたてで柔らかい場合は、魚串でも効果がないのでやや堅くなるまで待つこと。葉付きみかんで代用する誘惑に駆られるだろうがこれは邪道である。
座敷の床の間に置くのが通常である。
1−3 ほしつき
鏡餅の小型である。やや大ぶりの丸餅の上に、親指の先ほどの餅をのせているものを通常もちいる。これは小型三宝の上にゆずりはを十字に重ね、その上に載せる。各部屋の適当な位置に置く。特に、台所と便所にはおく。年々入手が困難になりつつある。餅屋(秀彦家では新大宮の鳴海餅)にあらかじめ注文しておくこと。
1−4 ちょろけん
しめかざりの一種である。藁をもちいたちょろけんに、ときほぐした水引で、裏白(白の面を全面に)2枚、ゆずりは2枚、はつきみかん(葉のついた小型のみかん)の順でゆわいつける。玄関に一番大きいもの(ちょろけん)、その他、各部屋にちいさいもの(わかざり)をつける。特に便所と台所につける。洋風住宅ではちょろけんをかける場所がないので、21世紀初頭にはクリスマスリースをつける金具につけるようになった。
1−5 材料の入手先
はつきみかん、だいだいは八百屋で、その他、ちょろけん、裏白は、おおみそかにでる屋台、もしくは花屋で取り扱っている場合もある。21世紀初頭には コ ー ナ ン、ニックのようなホームセンターで入手できるようになってきた。ただし高いので新大宮のような旧来型商店街にて入手する方がよい。いつまで続くかわからないので、21世紀中期までには裏白、ゆずりはは自家生産した方がよいかもしれない。裏白は北山にも自生する。
1−6 祝い箸
祝い箸は、四条の堺町(ほとんど大丸の向かいを南へ一筋ほどさがったとこ 。)下がる市原平兵衛商店のものをもちいる。半紙を折って、水引をつけたものを買うこと。水引印刷タイプではない。
この箸紙に戸主が、銘々の名をかく。客には「様」をつける。全員で使う取り箸は「組重」と称し、その旨、記述する。毛筆が書けるものは一家に一人育成すべきであるが、無理な場合、記述には毛筆フォントをつかうが、紙が厚いのでプリンタの駆動系があとで故障することがある。20世紀末にはプリンタ用タック紙にうちだして貼るという技法を考えたが、豊子さんに反対された。プリンタの性能向上とともに可能になるだろう。祝い箸は1月15日まで使用し、そののち、料理箸となる。
2 おせち料理
紋のはいった銘々膳をもちいる。男子は春慶塗り、女子は黒漆塗りをもちいる。
2−1 おおぶくちゃ
雑煮を食べる前に、番茶(もしくはほうじ茶か昆布茶、ただし、本来は抹茶)の中に、むすびこんぶと小梅をいれたおおぶくちゃ(大福茶)と称するものをのむ。本来は夜明け前に飲むのが正しい。京都にはお屠蘇という風習はない。
2−2 雑煮
3ケ日の朝食は、白味噌の雑煮である。白味噌をもちいて、中に餅、祝い大根、小芋をいれる。削りかつををかけていただく。元日のみ、かしら芋と小餅をいれる。あとは餅でよい。かしら芋かしらになるようにという意味で必ず1人1個入れる(こぶりのものをえらぶとよい)。非常に食べにくいものなのだからと一個だけ買って、家族全員分にわけるのは駄目。餅は焼いてからいれる。「茎大根のぬか漬け」を添える。
2−2−1 かしら芋
かしら芋は厚目に皮を剥き、むし器にいれ約40分蒸す。蒸し上がり10分位前に祝い大根の輪切りと小芋を一緒に蒸し器の中に入れる。蒸し上がった物は翌朝まで常温にて保存する。
2−2−2
前日夜に濃いめの昆布だしを用意しておく。
2−3 必須アイテム
数の子、ごまめ、黒豆は、必須である。これをちいさな取り皿にとりわけるのはかならず行う。そのた「りゅうひまき」「くりきんとん(栗の甘露煮)」「たまごのだしまき」「かまぼこ」「ぼうだら」「おにしめ」「こぶまき」「たたきごぼう」「紅白なます」
2−3−1 ぼうだら
漬けぼうだらをクリスマス過ぎに購入。お米のとぎ汁(又は水)で毎日とぎ汁をかえながら、2・3日つけておく。まず最初に水でぼうだらをぶくぶく泡が立って5分くらいまでゆがき、そのゆで汁は捨てる。大きめの鍋でうすめの煮物汁をつかい、ごく弱火でぼうだらとこんにゃくをたく。途中、味をみながら調味料をたして、適当な味付けにする(あくまで気長にすこしづつ味をたしておくこと)
約3時間煮、ぼうだらが煮上がったら、ぼうだらとこんにゃくは引き上げ、その煮汁でおにしめの野菜(たけのこ、ごぼう、にんじん、くわい、レンコン等)を煮る。
2−4 元日の夕食
ぶりの照り焼きと、はまぐりの潮汁とする。これにおせちをそえる。いくらがあるとなおよい。スモークサーモンをそえる風習が形成されつつある。
2−5 水菜の雑煮
1月4日の朝は焼いた小餅と切り餅(鏡餅を開いたもの)水菜をいれたすまし汁。これを水菜の雑煮という。膳では食べないが、祝い箸を使う。
2−6 七草粥
1月7日の朝、粥に七草(特に七つ全部いれる必然性はない)をまぜたものを食べる。パックで売っているのを買ってきてもよい。
七草を切る際、主人が「とうとのとりがにほんのくにへわたらぬうちにとんとんぱたりとんぱたり」と繰り返しとなえながら、包丁でみじん切りにする(要採譜)。
2−7 ぜんざい
1月15日の小正月には、本来小豆粥を食べるものらしいが、まずいので、かわりにぜんざいを食べる。
3 年始まわりなどの風習
年始まわりとして、正月(特に元旦)に、親類、知人などをたずねる。訪れる際は、正装とする。通常、男子は略礼服、女子は訪問着(豊子さんに取材)などの和服を着用するが、近年、簡略化の方向にある。簡略化しても、かならず、扇子を持参する。
3−1 年賀のあいさつ
相手を訪ねた際は、到着の挨拶がおわってのち、おもむろに、年賀の挨拶にはいる。和室の場合は、正座し、扇子を前方においたのち、頭をさげ、「あけましておめでとうございます。旧年中はいろいろとお世話になりまして、本年もどうぞよろしくおねがいいたします」という。挨拶は1対1が基本である。大勢で訪問した場合などは、錯綜する場合があるので、頭をさげる方向は、かならずしも、相手に向かっていなくてもよい。洋室の場合は、正座せず、たったままで、頭をさげる。この場合も扇子は両手にもっている。
3−2 お年玉
子どもは、年始におとずれると、お年玉をもらうことができる。旧来は、物品であったが、クリスマスプレゼントとして物品を贈答する習慣ができたため、ほとんど現金を手渡す。現金は、ポチ袋(小さい紙袋)にいれ、相手の名前と、送る方の名前を記載する。送る方の名前は親戚の場合、同じ名字となるので、「紫竹中西」「一乗寺中西」「枚方中西」と書くなどしないとわからなくなる。親は、子どもが相手からいくらもらったかを知っておかねばならないので、子どもに申告させる。低学年の場合は、その場で「いただきました」といって親にわたすようしつける。中身をすぐに検めるようなみっともないまねは絶対にさせてはならない。相場は中学生5000円、小学生高学年3000円、低学年2000円というところである。
3−3 おかし
年賀訪問客があった場合は、おかしをだす。暮れに和菓子屋(長目町の場合、「きぬかけ」が注文をとりに来ていたが、21世紀初頭に倒産)に、その年の干支にふさわしい和菓子を注文しておく。通常、じょうようのおまんか、はなびら餅をメインに干菓子をそえる。菓子皿の上にしいた紅白の半紙に載せて供する。しかし、客は何軒もまわって、食べあきているので、食べなくても失礼にはならない。菓子をのせた半紙に包んでもちかえればよい。お茶は、おうす、昆布茶、煎茶などがだされる。中西亮家は煎茶。
メニューへ戻る