学会賞

全国大学国語国文学会賞

受賞者の所属は、受賞当時のものです。

第十二回全国大学国語国文学会賞  平成29(2017)年度

『四世鶴屋南北研究』  

| ピョン  | ヨン |

(高麗大学校グローバル日本研究院研究教授)


『四世鶴屋南北研究』

(若草書房、2016年)

選考経緯並びに受賞業績の紹介

同賞選考委員会委員長 山田 直巳

 平成二十九年の全国大学国語国文学会賞の応募作は、中古二点、近世一点であった。この経過を少しく記せば、応募状況はあまり芳しくなく、国語国文学関連の出版書肆に推薦を願うといった一幕もあった。時代区分的には、上代・近代からの応募を得る事ができなかったわけで、担当委員としては努力不足で、反省すべきと自戒を深めているところである。さらなる告知・広報につとめ、より多くの方々に当学会賞を知って頂き、優れた業績を選考・顕彰させて頂く機会を持ちたいと願うところである。

 選考委員会は、本年一月より選考準備を開始し、応募作の時代ジャンルに応じた担当選考委員による査読、各委員の意見聴取をおこない、それを踏まえ三月三十一日に國學院大學渋谷キャンパスに選考委員、担当常任委員による選考会議をもった。そこでは、校務等で欠席された方を除く四名の選考委員、二名の担当常任委員とで、選考作業を行った。授賞については、まず担当選考委員からの査読報告書の提出・説明を受け、それをもとに様々な角度・立場からのディスカッションがなされた。いくつかの点につき議論の沸騰があり、容易に決め難い雰囲気もあり、また学会賞規定に関する点についても意見があり、熱く議論を戦わせることとなったが、幸い授賞候補者を常任委員会に推薦することができ、四月一日の全国大学国語国文学会常任委員会において承認をえた。

 授賞作は、片龍雨(ピョンヨンウ)氏の『四世鶴屋南北研究』(若草書房、2016年3月12日刊行の業績である。なお著作刊行時の応募要件に関しては、常任委員会の議をへて確認した。以下に、受賞作を紹介し、併せて選考理由を記す。

 『四世鶴屋南北研究』の構成等は、次の通りである。

序章
    第一章 趣向の個性化
        第一節 滑稽――『館結花行列』の台帳における添削――
        第二節 反復される趣向――幽霊と毒薬――
        第三節 小道具の利用――犬を中心に――
    第二章 「世界」の利用
        第一節 「世界」と綯い交ぜ
        第二節 曾我の「世界」と鬼王貧家――鬼王と赤沢十内――
        第三節 座組と「世界」――文政八年度中村座の場合――
    第三章 台帳の諸問題
        第一節 台帳のト書きと戯作の地の文――
        第二節 『例服曾我伊達染』の台帳の原姿
    第四章 狂言作者と戯作者の間
        第一節 随筆『吹寄草紙』と『筆のしがらみ』
        第二節 『東海道四谷怪談』と読み物――その周辺作との相違――
        第三節 合巻をめぐる諸問題――姥慰輔・亀東・鶴屋南北――
終章
あとがき
論文初出一覧
索引

 目次は以上であるが、四章十一節、序・跋つきで、全二九一頁からなる著作である。

 以下、授賞業績について簡略に紹介してみたい。

 南北研究は既に層が厚く、歌舞伎作者としての南北研究はいうまでもなく、演劇史、あるいは作品の本文研究にも多くの研究が蓄積されている。そのような状況の中で、新しい切り口をどのようにして見出すかという点が、選考委員会としては最も注目するところであった。

 まず第一章では、「台帳」における南北の添削箇所に注目し、添削(付加)によって何が変わったのかを問うことで、そこにこそ初期の南北作品の個性が現れていると説く。『館結花行列』(『春錦伊達染曾我』)ではどう添削され、その結果、「滑稽」という「趣向」がどのように変質したかを語り、そこに「趣向の個性化」が見られると主張する(第一節)。また「滑稽な幽霊」、「毒殺の失敗」という「南北の趣向の持つ性質は、南北の台本を、特定な役者にしなくても、読み物として十分楽しめるものにしていると思われる」(第二節)。さらに犬などの小道具を巧みに配置・動かし使用することで、南北の「趣向」の南北らしさを深めていくことに繋がっていっていると説く(第三節)。

 第二章では、南北独自の把握語彙「綯い交ぜ」(複数の「世界」を混合して新しい作品を作る)があるが、南北作品に新しさを加えているのは、まさにこの「綯い交ぜ」という独創的な発想であったという(第一節)。また、南北の作劇法は「世界を女形・立役・実悪・敵役などの役柄で区別し、同じ役柄に属する従来の登場人物を、あえて別の登場人物にずらして劇の新しさを求めた」という(第二節)。さらに「文政八年度中村座」という限定した状況を設定し、そこで「座組み」と「世界」がどう関わるのかという、相関を明らかにしようと試みる(第三節)。

 第三章では、「台帳」を徹底分析し、「台帳」を読み物と把握し、ト書きと地の文の関係を分析することで、「ト書きの詳細化が戯作の影響による」のではないかと類推し、両者の地続き性を想定する(第一節)。また南北の「小道具」をヒントにして、『例服曽我伊達染』の乱れた冊順を元の姿に戻すことができた、という(第二節)。

 第四章では、南北の「随筆の書き手」としての姿を追究し、如何にして、『吹寄草紙』『筆のしがらみ』が出来上がってきたかを問い、直江重兵衛・孫太郎の関与を忘れてはいけないという(第一節)。ついで、『東海道四谷怪談』が「読み物」との交互関係・影響関係という状況の中で、生成してきたことを説く。「巷談が読み物になり、また読み物が演劇に変化していく過程」を捉えた(第二節)。そして南北が「合巻」を手がけた理由を、当時の出版情勢と南北自身の状況との関わりから推察する(第三節)。

 以上、「台帳」原本レベルから南北の作劇法の再検証を行い、近世貸本屋を念頭に「歌舞伎を読む」という観点を設定し、南北研究の新しい地平を開拓した点、全国大学国語国文学会賞に値するとした。

第十一回全国大学国語国文学会賞  平成28(2016)年度

『伏字の文化史―検閲・文学・出版―』  

牧義之氏

(長野県短期大学助教)


『伏字の文化史
    ―検閲・文学・出版―』

(森話社、2014年)

選考理由及び授賞業績の紹介

同賞選考委員会副委員長 秋澤 亙

 受賞作は、序章・終章含めてⅢ部十二章、全四四三頁の書。著者の三十代前半という年齢を考えれば、大著に属する労作と言ってよいだろう。参考までに目次を掲げておく(カッコ内は副題)。

序章 伏字に出会う(本書の目的、意義と先行研究について)
Ⅰ 伏字はなぜ施されたのか――内閲という措置
    第一章 伏字の存在意義に関する基礎的考察
    第二章 法外便宜的措置としての内閲①(その始まりから運用まで)
    第三章 法外便宜的措置としての内閲②
                (萩原朔太郎『月に吠える』の内閲と削除)
    第四章 法外便宜的措置としての内閲③(内閲の終焉と昭和期の事例)
    第五章 作家の検閲制度意識(永井荷風を例に)
Ⅱ 伏字が引き起こす問題
    第六章 森田草平『輪廻』の伏字表記(差別用語と作者の戦略)
    第七章 削られた作品の受容と変遷(片岡鉄兵「綾里村快挙録」を中心に)
    第八章 紙面削除が生んだテキスト・ヴァリアント
                (石川達三「生きてゐる兵隊」から)
Ⅲ 検閲制度をめぐる攻防
    第九章 発売頒布禁止処分と「改訂版」
                (昭和五年・禁止本『肉体の悪魔』と『武装せる市街』から)
    第十章 狂演のテーブル(戦前期・脚本検閲官論)
終章 伏字の戦後(占領軍の検閲と文字起こし)

 周知のことだが、「伏字」とは出版物を事前にチェックした「当局」が、忌避すべき表現として黒く塗りつぶした箇所などを広く指している。この「当局」が、どういった機関に当たるのかは、場合によって流動的であり、特定の部署を示す用語ではない。時に軍部であり、時に内務省であり、時に別の役所であったりするのだが、いずれにせよ、我が国では第二次世界大戦前後の時代に、そうした公的な機関による検閲が最も顕著に行われた。ただし、本書が標的に選んだのは、そうした時期のうちでも、特に戦前・戦中である。

 同じ戦争の前後でも、戦後・占領期の検閲実態については、ある程度解明が進んでおり、資料検索による国境を越えた研究が既に行われている。対して、昭和二十年以前、すなわち戦前・戦中のそれについては、ごく少数の研究成果が報告されているに留まる。検閲事務や内閲の実態はおろか、そのことから派生する様々な問題については、ほとんど言及が見られない。つまり、この時期の検閲の実態は、研究史上の盲点なのであり、本書はその空白を埋める重要な役割を担っている。

 ところで、本書は「伏字の文化史」なる題号の下に刊行された。普通に考えれば、「伏字」は忌まるべき規制であって、文化活動を阻害する悪しき抑圧に他なるまい。少なくとも、「伏字」が文化に寄与するものとは思いがたい。なのに、なぜ、本書は「伏字の文化史」などと題されたのか。

 先に掲げた「序章」には、本書の課題として、「戦前・戦中期日本の検閲体制下における『伏字』の、文化記号としての意義と役割、そして文学作品への影響に関する実証的考察」が謳われている。「『伏字』の文化記号としての意義」とは聞き慣れない物言いであろう。だが、これが「伏字の文化史」という本書の題号と響きあう表現であることにも、我々はすぐに気づくに相違ない。伏字などというものは、存在しないに越したことはない。だが、不幸にも、この理不尽な邪魔物が出現してしまった際に、思わぬ現象が起こるのである。塗りつぶされた奥に何が書いてあったのかという、読者の興味を掻き立てる。つまり、伏せられた文字数を手折り、何とかその空白を埋めようとして、読者が様々に考えを巡らす。著者が「文化記号としての意義」と指摘するのは、伏字の、実にそうした一面であった。伏字によって文学作品はゆがめられるが、人々の読書行為は害せない。伏字という抑圧は、人の心を委縮させるどころか、逆に文学的な想像力を逞しく煽り立ててくれたのである。

 片や、作家の側においても、似たようなことが発生する。作家は眼前に立ちはだかる検閲を掻い潜ろうとして、それなりに構えた姿勢を取る。伏字は執筆に一定のバイアスをかけてくるが、それに負けじと作家が知恵を絞った挙句、読者を満足させつつも、検閲の規制には抵触しない懐の深い表現が生まれる契機ともなるのである。検閲と文学との間には、抜き差しならぬ関係が常に横たわっている。「伏字」には、編集子や読者をも巻き込んだテクストにまつわる重要な問題が潜んでおり、本書はそのことに対しても深い示唆を与えてくれている。

 本書の章のうちの二編(第三章、第六章)は、当学会の機関誌「文学・語学」に掲載されたものである。また、そのうちの一編は、成稿以前の口頭発表の段階で、当学会三賞の一角である「研究発表奨励賞」を受けている。本書が生まれるにあたり、当学会の活動が一定以上の役割を果たしたことは自明であり、まことに喜ばしいことであろう。当学会が顕彰するにふさわしい作品である所以とも言えそうである。

第十回全国大学国語国文学会賞  平成27(2015)年度

『源氏物語の淵源』  

大津直子氏

(國學院大學助教)


『源氏物語の淵源』

(おうふう、2013年)

■選考経緯並びに受賞業績の紹介

同賞選考委員会委員長 秋澤 亙

 当選考委員会は、昨年末の12月頃より準備を開始し、担当すべき委員たちに査読を依頼して、次いで各委員の意見を取りまとめました。そして、本年3月29日に出席可能な委員、及び委員長が集まって、審議をおこなった結果、全会一致で候補作が絞られ、4月4日の常任委員会における承認を得て、授賞の運びとなりました。授賞作となったのは、大津直子(おおつなおこ)氏の『源氏物語の淵源』(おうふう、2013年2月25日刊)です。

 以下、授賞作を紹介し、あわせて選考理由を記したいと思います。

 本書の構成は次の通りです。


第一編 人物造型の淵源
    第一章 〈観魚〉をする冷泉帝
    第二章 〈卑下〉をする明石の君
    第三章 光源氏の〈愛敬〉
    第四章 浮舟の〈愛敬〉
第二編 空間表現の淵源
    第一章 空間表現としての〈暑さ〉
    第二章 紀伊守邸の〈泉〉
    第三章 須磨の地の〈黒駒〉
    第四章 六条院の〈釣殿〉
第三編 表現史の淵源
    第一章 異界に誘われる〈帯しどけなき〉光源氏
    第二章 藤壺の魂を招く〈帯しどけなき〉女童
    第三章 中の君を象る〈しるしの帯〉
第四章 『源氏物語』から谷崎源氏へ―〈薄二藍なる帯〉はなぜ削除されたか

 物語に登場する事物や出来事に潜在する古代性は、人々の心の奥底に一定の観念を抱かしめ、それが物語作者の意識をも超えた作品展開を生じさせることがしばしばあります。例えば、作品に「継子」の娘が登場するとします。すると、作者は無意識のうちに、それを善良な娘として描くでしょう。決して悪い娘としては描きません。そして、必ず相方に意地悪な継母を対峙させます。継子が善良でなかったり、継母が意地悪でなかったりする設定は、作者も考えないし、同時に読者の方も納得しません。つまり、それは許されない設定なのです。作者と読者の双方が、「継子」「継母」に対する堅牢な固定観念に縛られており、無意識のうちに、そこから抜け出すことができない。古代の物語の根底には、そのような潜在力が常に立ち働き、それが作品形成上の一種の規制力となっています。古代観念の呪縛抜きに昔の物語は成り立たない。その鉄則は平安当時にあって極めて先進的だったはずの『源氏物語』にしても同様でした。授賞作の題名の「淵源」とは、そのように物語を文脈の裏側から縛り上げ、作者の創意とは別次元で作品展開を突き動かしてゆく観念世界の力学を指しています。

 もっとも、今は説明がしやすかったので、継子譚の事例を挙げましたが、大津氏の書が関心を抱いているのは、必ずしもそうした話型の論理ではありませんでした。第一編では、光源氏の〈観魚〉や明石の君の〈卑下〉という人物の動作、及び光源氏や浮舟の〈愛敬〉という人間の表情の奥底に潜む観念、第二編では〈暑さ〉という温度、〈泉〉〈釣殿〉という家屋の景象、〈黒駒〉という動物など、様々な生活世界における事象や事物に内在する古代的な認識、第三編では、様々な作中人物における〈帯〉に窺える諸相といった、旧来の民俗学派の研究者に振り向かれなかった多岐にわたる新しい素材を意欲的に取り上げています。

 すなわち、大津氏は『源氏物語』に潜在する未知の古代観念を丹念に探り出したことになります。しかし、その限りであれば、単に物語を縛る観念を見つけただけで、作品を論じたことにはなりません。大津氏の場合は、それらをさらに読解に還元し、幾多の新しい読みを示すことに成功しています。それらのしごとによって、『源氏物語』の作品分析が従来よりも一層深まったことは間違いなく、その点は平安文学研究の世界においても、既に不動の評価が与えられています。一例を挙げれば、本書の第一編第一章「『源氏物語』六条院行幸における冷泉帝―〈観魚〉という視点から―」は、この書にまとめられる以前の段階で、論文として第5回中古文学会賞を受けており、その点などは、今申しあげた学界的な評価の端的な証と言ってよいでしょう。

 この書全体は、全3編12章326頁で構成されていますが、その方法論は既述のようなスタイルでほぼ一貫されていて揺れが見られず、各編各章の論展開にも破綻がなくて、一定の水準が保たれています。もとより、この学会賞は若手の研究者の顕彰や督励を目途に設立されたものです。大津氏がそうした若手の一人であることは紛れもない事実ですが、彼女の場合はその中でも最も若いうちの一人に入り、むしろこれからの研究者であると言ってもよいでしょう。ですが、その若い年齢を思わせない老練な完成度が、この書には認められます。学術書として要求されるべき体系性が強く見出され、さらに巻末を飾る「『源氏物語』から谷崎源氏へ」は、今後の研究の幅の広がりを予感させて、閉めの論として心憎い演出にさえなっています。大津氏のそのような「たゆまぬ挑戦」も、選考委員会において、高く評価される理由の一つとなりました。

 その意味で、本書は著者の持てる力量を過不足なく示した渾身の一作であると考えられ、全国大学国語国文学会の学会賞としてふさわしい著作であると評価できます。以上、選考委員会委員長として、選考理由を申し述べました。なお、今回の選考とは特に関係はありませんが、大津氏の当該書は第9回第二次関根賞にも輝いており、いわゆるW受賞を果たしたことになります。ご本人の名誉にも当たりますので、付言しておきます。

第九回全国大学国語国文学会賞  平成26(2014)年度

『薫集類抄の研究 附・薫物資料集成』  

田中圭子氏

(広島女学院大学大学総合研究所客員研究員)


『薫集類抄の研究 附・薫物資料集成』

(三弥井書店、2012年)

■選考経緯並びに受賞業績の紹介

同賞選考委員会委員長 原 國人

 本年度の全国大学国語国文学会賞の応募作は、時代別でいえば、中古2点 中世1点 近世1点 近現代1点の計5点であった。上代からの応募はなかったが、昨年より1点の増加であり、ジャンルは多岐にわたっていた。本学会の賞の趣旨が若手研究者の間に徐々に知られてきている証であり、今後、さらに本賞が斯界において一層の役割をはたすべく、告知・広報に努めなければならないという思いを強くした。

 選考委員会は、本年1月より、選考準備を開始し、応募作の時代を担当委員による査読、各委員の意見の聴取を行い、3月20日に國學院大學渋谷キャンパスに校務等で欠席した委員を除き、4人の選考委員と担当常任委員二名が会して、選考作業をおこなった。授賞については、各委員から甲論乙駁、本賞の基本的な性格、役割等についての意見もあったが、幸いにも、授賞候補者を常任委員会に推薦することができ、3月29日の常任委員会に於いて承認を得た。

 選考考員会が、授賞候補者として選んだのは、
     田中圭子(たなか けいこ)
     広島女学院大学総合研究所客員研究員
     『薫集類抄の研究 附・薫物資料集成』
     (三弥井書店、2012年12月13日)
の業績である。なお、著作刊行時の応募要件である年齢については応募要件をみたしていることを確認した。以下に、授賞作を紹介し、併せて選考理由を記しておく。

 薫集類抄の研究 附・薫物資料集成』の構成等は次の通りである。

    校注薫集類抄
      解題
      序
      凡例
      上  諸方/梅花/荷葉/侍従/菊花/落葉/黒方・坎方・薫衣香/増損化度寺・衣香/百歩香/百和香/唐の薫物
      下  (次第)/和合時節~埋日数/諸香
          裏書勘物
      異同
      書中と同文・類文
    校注薫集類抄 人名家名等解説
    附・薫物資料集成
      名古屋市蓬左文庫所蔵「香之書」
      名古屋市蓬左文庫所蔵「焼物調合法」
      武田科学振興財団杏雨書屋所蔵「香秘書」
      宮内庁書陵部所蔵『薫物方』
      専修大学図書館菊亭文庫所蔵『薫物故書』
      薫物方載録状況対照表
    引用書目等索引
    注釈対象語句索引

 以上の内容を持つ本書は、全編484頁(内「序・跋」6/論考部分103/資料部分351/その他24)からなっている。

 『薫集類抄』は平安時代に考案された薫物の処方・調合の説を類纂し、その実態を伝える現存最古の薫物の指南書であり、『源氏物語』をはじめとする王朝文化の解明する有用な資料であって、以前からも薫物の故実を伝えるものとして利用されてきた。しかし、これまで『薫集類抄』自体を対象とする研究はほとんど行われてこなかった。『薫集類抄』の解題と翻刻・注釈、ならびに中世の薫物書5点の翻刻を収める本書が、まず、『薫集類抄』の諸本の研究と依拠資料の考証を丁寧に行い、長寛3(1165)書写跋文をもつ国会図書館蔵本を善本とし、その翻刻と注釈を提供したことは、群書類従本に従うことの多かったこれまでの研究を大きく前進させるものとして評価できるであろう。

 次いで、『薫集類抄』の校注・人名家名等解説においては、各薫物の考証を進めるほか、和歌や物語文学との関連も丁寧に指摘し、源公忠や藤原公任などの歴史上の人物の合香活動、薫物の種類、調合の方法、合香家などが闡明され、その歴史的な全体像を明らかにする傍ら各作品の注釈史における薫物の扱いについての問題点も示している等、本書が、多くの古典の作品の読解に新見を導き出す可能性は高いと言える。

 さらに、本書が、薫物に関する五つの書籍をとりあげ、薫物研究に関する史的展望を可能にすると同時に、『薫集類抄』が保つ情報の相対的な重要さを確認し、文化としての薫物研究の基盤整備を果たしたことは高く評価できる。

 また、著者自身が意識したことではないが、日本語誌の研究においても貴重な資料提供を果たす結果ともなっている。その上、本書の注釈が、本邦における薫物に留まらず、大陸中国における取り扱いについても視野に入れていることは本書の価値をいっそう豊かにするものである。国語国文学の精華が文化そのものであるとするならば、文学研究がさまざまな方法論を取り入れ、さらには歴史的経緯への知的財産を援用しなければならないことは言うまでもあるまい。

 確かに、本応募作を授賞作とするについては、いくつかの問題点がなかったわけではない。第一に注釈、翻刻が中心であって、論の部分が少ないという点。第二に、分野が国語・国文学の範囲を逸脱しており、「有職故実」あるいは文化に関わる研究であって、本学会の授賞作として逸脱するのではないかという点。さらに、『薫集類抄』の成立にかかわるとする藤原範兼自身歌人であり、そうした点からのアプローチが今少し必要ではないのかという指摘もあった。これらの諸点に関しては、他の応募作をも含めて、選考委員会としてかなり問題となった。そこで、本年の全国大学国語国文学会賞は該当なしという判断もあり得るのではないかという議論を含めた選考委員会の真摯な議論は、本学会賞に対して期待されていること、具体的には、時代別・分野別の学会が多くの賞を出す中で、時代やさまざまな領域を越えて、国語・国文学から国語教育さらには言語文化にかかわる研究者が会員として集う本学会が授与する本賞の果たすべき役割は何かという原点に立ちかえって、改めて本賞の本旨に鑑みた時、田中圭子氏の研究は、全国大学国語国文学会賞を受賞するのにふさわしい業績であるとしてこの決定をみたのである。

第八回全国大学国語国文学会賞  平成25(2013)年度

『夏目漱石の時間の創出』  

野網摩利子氏

(国文学研究資料館)


『夏目漱石の時間の創出』

(東京大学出版会、2012年)

■選考経緯並びに受賞業績の紹介

全国大学国語国文学会賞選考委員会

 本年度、全国大学国語国文学会賞の応募作は、4作であった。昨年よりは1作少なかったが、今まで応募がなかった近現代の応募作があったことは、本賞の今後にとって、よい兆と考えられよう。応募作は、中世1点、近現代3点であった。少しずつではあるが、応募は増加しており、本賞が広く周知され、今後、斯学の若手研究者に徐々に浸透してゆくことを期待したい。ために、さらなる告知・広報活動を行いたい、と考えている。

 選考委員会は、本年2月より選考準備を開始し、3月28日に國學院大學渋谷キャンパスにおいて、5名の選考委員と担当常任委員1名が一堂に会して、受賞候補作の選考会を行った。応募作はいずれも、受賞に相応しい水準にあって、その差は僅差であったが、幸いにも選考委員会は全員一致を以って、受賞候補対象者の選考を行なうことができた。

 選考委員会が、受賞候補者として選んだのは、
     野網 摩利子(のあみ・まりこ)
     生年月日 1971年8月10日
     著作刊行時の満年齢 40歳
     国文学研究資料館
     『夏目漱石の時間の創出』(東京大学出版会、2012年3月22日)
の業績に対してである。以下、受賞作を紹介し、併せて選考理由を記したい。

 受賞作の構成は、以下の通りである。

序章 文学の創出を求めて
第一部 書ならびに画に記憶をもたせる
  第一章 時間の産出――『それから』の論理
  第二章 棄却した問題の回帰――『それから』と北欧神話
  第三章 『道草』という文字の再認――生の過程をつなぎなおすために
  第四章 新しい文字を書くまで――『道草』の胎動・誕生
第二部 思想の記憶
  第五章 古い声からの呼びかけ――『門』に集まる古典
  第六章 禅・口承文芸からの刺激――『門』に潜む文字と声
  第七章 再帰する浄土教――『彼岸過迄』の思想解析
  第八章 記憶へ届ける言葉――『彼岸過迄』の生成
  第九章 浄土真宗と日蓮宗とのあいだの『心』の振幅
  第十章 記憶と書く行為――『心』のコントラスト
結章 時間のダイナミズム

 以上の二部十章および序章・結章から成る本書には、さらに巻末に「附載」として本書に関係する経典の引用、ウィリアム・ジェームズについての補足、北欧神話「ヴォルスンガ・サガ」の紹介等があり、他に参考文献と人名索引が付される。

 本書の中心は、今日の研究状況のなかで改めて注目を浴びている『文学論』に記述されているような漱石の文学理論が、彼の小説表現と密接な関係にあることを、その代表的な長編小説の詳細な分析を通じて明らかにしたところにある。文学理論と作品分析を結びつけることは、ともすれば、安易な背景論になるが、本書は、その轍を踏まぬように、充分な検討がなされている。膨大な蓄積のある漱石研究のなかにあって、現在、注目されている分野に、独自に取り組んだところは高く評価されてよいと思われる。その際漱石のテクスト自体への詳細な目配りは当然として、漱石が用いている小説内の言葉が、どのような「声」と「文字」の「記憶」を背景にしてそこにあらわれることになったのかについて、その由来に遡って分析を加え、漱石の小説テクストが読者にもたらす独特の臨場感の理由を、理論的にも表現の構造としても明らかにすることに成功している。筆者の問題意識は、それを作品の内と外の時間の創出という観点で論じたところにあると思われる。ここで言及される潜在的な「記憶」の根源の領域は、五世紀から二十世紀にわたる仏教関係の諸思想や芸能についての文献、十九世紀から二十世紀にかけての欧米の哲学・心理学などの思想など、漱石が触れたと見られる広範な分野に及んでいる。そういった漱石作品における漱石的知性のありようが、一つ一つの事例を通して明らかになっているといえるだろう。

 これまでになかった視点から意欲的な考察を試みているため、論によっては、着眼点の斬新さにやや引きずられすぎている部分もあるのではないかとの指摘もあったし、各章の水準のズレも選考委員会では問題となった。しかし、それぞれの作品に複数の章を当てて粘り強く取り組む姿勢は、選考の議論を通じて、それを補う説得力を持つとの合意を得られた。対象の選択と精緻な読解、論の展開に当っての論理性と視野の広さなど、選考委員の一致した支持を受けた本書は、日本近代文学研究に関する最新の成果として、受賞に最も相応しいものと考えられる。

第七回全国大学国語国文学会賞  平成24(2012)年度

『王朝継子物語と力―落窪物語からの視座―』  

畑恵里子氏

(愛知淑徳大学任期制常勤講師)


『王朝継子物語と力―落窪物語からの視座―』

(新典社、二〇一〇年十月二十八日)

■選考経緯並びに受賞業績の紹介

全国大学国語国文学会賞選考委員会委員長 上野誠

 本年度、全国大学国語国文学会賞の応募作は、5作となり、本学会賞制定以来の最多数となった。また、応募作も、上代1点、中古3点、近世1点と広がりを見せ、本賞が広く周知され、斯学の若手研究者に徐々に浸透していることを表している。

 選考委員会は、本年2月より選考準備を開始し、3月29日に早稲田大学戸山キャンパスにおいて、6名の選考委員と常任委員一名が一堂に会して、受賞候補作の選考会を行った。応募作はいずれも、受賞に相応しい水準にあって、その差は僅差であったが、幸いにも選考委員は全員一致を以って、受賞候補対象者の選考を行なうことができた。

選考委員が、受賞候補者として選んだのは、
     畑 恵里子(はた・えりこ)
     生年月日 1974年3月29日
     著作刊行時の満年齢 36歳
     愛知淑徳大学(任期制常勤講師)
     『王朝継子物語と力―落窪物語からの視座―』(新典社、2010年10月28日)
の業績に対してである。以下、受賞作を紹介し、併せて選考理由を記したい。

 受賞作の構成は、以下の通りである。

  序論
第Ⅰ部 継子の〈力〉
  第一章 聖性「さとし」をはらむ王朝物語の子どもたち
  第二章 落窪の女君の縫製行為
  第三章 継子による家の獲得
  第四章 縫いこめられた〈力〉
  第五章 加護に匹敵する継子の〈力〉
第Ⅱ部 継子の試練
  第六章 臭気と通過儀礼
  第七章 通過儀礼における性的危機
  第八章 蔑称という報復
第Ⅲ部 『落窪物語』から『源氏物語』へ
  第九章 継子物語と紫の上
  第一〇章 明石の姫君と変奏された継子物語
  第一一章 「蓬生」巻の末摘花と『落窪物語』
  結論

 以上のⅢ部一一章から成る本書には、さらに巻末に「『落窪物語』研究文献目録」「索引」等も付される。本書の中心は、これまで現実主義的で他の継子物語に見える霊験の要素がない、と捉えられてきた『落窪物語』について、とりわけ落窪の女君の「縫製」の「力」・「聖性」に注目することで、霊験や加護に代わって女君を幸福に導く構造を新たに詳細に検証することに置かれる。継子の通過儀礼を経ての成功が、聖性につながる継子自身の縫製能力と結びつく、という視座は、『落窪物語』考究を新たに拓くものであるばかりでなく、『源氏物語』の紫の上や末摘花の継子としての側面を剔抉し、また『うつほ物語』の子どもの聖性を照射することとも連関する。その意味で本書は、独自の視点から常に『落窪物語』に軸を据えつつ、王朝の継子物語全体に向かって開かれた考究となっている。

 今回粒ぞろいの候補作の中には、より広い視野からの研究成果もあり、さまざまな議論が重ねられた上で、最終的に本書が高い評価を得たのは、以下の理由である。きわめて周到に研究史を踏まえる姿勢を持ち、丁寧なテキストの読みに支えられた粘り強い検証が十分な説得力を備えること、また各論の展開が完成度の高いものとなっていることなどである。一貫して『落窪物語』、継子の在り方に目を向け続け、とりわけ本格的な『落窪物語』研究に確実に新たな展望を開いた本書は、受賞に最も相応しいものと考えられる。


第六回全国大学国語国文学会賞  平成23(2011)年度

『一休派の結衆と史的展開の研究』  

矢内一磨氏

(堺市博物館学芸課研究員)


『一休派の結衆と史的展開の研究』

(思文閣出版刊、2010年)

■第六回 全国大学国語国文学会賞選考経過及び選考理由

選考委員長 三角 洋一

 第六回の全国大学国語国文学会賞の選考と授賞について、ご報告いたします。選考委員会は平成23年3月29日、東京大学教養学部14館706会議室において開催され、慎重に審議した結果、
     矢内一磨『一休派の結衆と史的展開の研究』
          (思文閣出版、平成22年6月刊)
を授賞候補に推薦することに決まりました。4月2日、事務局の置かれている國學院大學における常任委員会でこれが承認され、6月4日、東洋大学を会場とする夏季大会の折の委員会に報告、5日に授賞式を行いました。

 以下、選考の経過と選考理由について、やや詳しくご説明いたします。

 今回、本賞への応募件数は2件で、中古が1件、中世が1件でした。

 選考委員は上代の松本直樹(早稲田大学、新規)、中古の室城秀之(白百合女子大学、継続)、中世の今村みゑ子(東京工芸大学、新規)、近世の鈴木健一(学習院大学、新規)、近代の金子幸代(富山大学、継続)、国語の原國人(中京大学、継続)の6名で、これに学会賞担当の常任委員として上野誠(奈良大学)と三角(東京大学)が加わりました。

 選考委員会は、本来なら昨年11月末日まで応募を待ってからスタートすべきところ、もし必要なら追加措置することで対応できると判断して、前年度の経験を生かして11月から査読にはいり、同時代が専門の選考委員による判断を本年1月中旬までに求め、引き続き全委員により読み比べる査読を3月上旬までに終える段取りで行いました。選考委員会の出席者は五名でしたが、欠席者には書面で意見を提出していただき、審査には大いに反映されたことを申し添えておきます。

 受賞者の矢内一磨(やない・かずま)氏は1964年8月生まれ、著書刊行時点で45歳、文化史学を専攻し、堺市教育委員会文化財保護係を経て、現在、堺市博物館学芸課研究員とあります。

 矢内氏の著書の内容と構成は次のとおりです。

第一部 評議と祖師忌法会にみる一休派の結衆とその展開
 第一章 一休派における評議体制の成立と展開
 第二章 祖師十三回忌、三十三回忌大法会と一休派の結衆形態
 第三章 祖師百回忌大法会と一休派の結衆形態
 第四章 近世の祖師忌大法会と一休派の結衆形態
 第五章 近世における酬恩庵慈楊塔の祖師忌法会と一休派の結衆形態
 付論 五山禅林の詩会と禅僧の結衆――堺海会寺蔵乾峯士曇自筆序『牡丹花詩集』
第二部 一休派における僧俗の結衆とその史的展開
 第一章 文明年間の大徳寺復興と一休派
 第二章 在俗信仰者の教団結衆
 第三章 尼・女性信者の結衆
 第四章 泉南仏国論
 付論 文明年間の大徳寺と堺町衆に関する新史料について――酬恩庵蔵「堺南北庄大徳寺奉加引付」の紹介

 本書は、一休による教団形成と、一休没後から江戸期を通じて存続した結衆の実態とその史的展開を明らかにしたもので、従来の研究が一休の生涯や人物、思想史的な面の追究に留まっているのに比べて、新たな視点から大きな成果をもたらしました。

 これまで、一休が弟子に印可と法嗣を否定したことは注目されても、その結衆を視野に入れた研究はなかったようです。しかし、一休没後、弟子たちが一休の遺命を汲み、評議制による一休派を形成していった過程を通じて、一休の指導力と師弟の宗教的絆が明らかになり、さらには祖師忌法会に見られるように、一休を敬仰する結衆の存続によっても、新たな人物像が浮かび上がります。文学研究の方面に向けても、五山禅林の『牡丹花詩集』の翻刻・紹介を通じて、漢詩が修学の要であるとともに禅僧間の交流に果たした役割を指摘し、連歌師宗長の一休への尊崇と勧進聖的側面を明らかにするなど、貴重な情報を提供しています。

 手法的にも、歴史・文学・思想等の分野における先行研究を踏まえたうえで、『真珠庵文書』『酬恩庵文書』や新出史料など、膨大な第一級の史料を駆使して論を展開しており、適宜、表や一覧を作成して理解に備えるなど、研究基盤の着実さと論証の手堅さが光っていることは衆目の一致するところです。

 全体的には歴史学的なアプローチであるため、本賞選考の対象としてふさわしいかどうかという議論もありました。しかし、逆に、国文学研究という既成の枠組みにとらわれたままでいいのか、学際的な知見を得て研究交流をはかることこそ最重要課題で、一休論や一休作品論を再考する契機ともなるはずだ、という意見が大勢を占めました。今回の判断は、たとえば古くは文学者の年譜考証、近年の寺院の聖教類悉皆調査の動向などをも念頭に置いた、文学研究をかなり緩くとらえる立場からのものでした。

 その点補足しますと、たとえば『狂雲集』に「泉堺衆絶交」とありますが、現実には堺には一休派が結衆し、豪商のみならず町衆もまた協力して大徳寺復興の資金を提供しており、宗教都市堺が一休に及ぼした影響ということも新たな問題提起となります。また、『自戒集』における批判的な表現にもとづいて女性の教団結衆を捉えてしまいがちですが、富と教養を備えた自立的な女性の在俗信者の存在を想定できるなど、本書により一休を取り巻いていた宗教的、社会的環境が逆照射されました。さらには、一休派の結衆の存続という視点を導入して、一休像の形成や拡がりをメディア論という新たな視座で分析しているとも読めるという好意的な評価もありました。以上が選考の理由です。

 なおこの機会に、「全国大学国語国文学会賞応募要項」の見なおしをはかり、応募書に添える刊行物を「一部」に変更することが、常任委員会で承認されました。自薦・他薦を問いませんので、ふるってご応募ください。

第五回全国大学国語国文学会賞  平成22(2010)年度

『王朝物語史論-引用の『源氏物語』-』  

星山健氏

(宮城学院女子大学教授)


『王朝物語史論-引用の『源氏物語』-』

(笠間書院刊、2008年)

■第五回全国大学国語国文学会賞選考経過および選考理由

選考委員長 三角 洋一

 第五回全国大学国語国文学会賞の選考経過は以下の通りである。応募件数は、最終的には5件であったが、うち1件は昨年11月の刊行であったため、次年度の候補作に回すこととなった。4件の内訳は、中古文学3件、近代文学1件であった。

 選考委員は、上野誠(奈良大学・継続)、室城秀之(白百合女子大学・新規)、田渕句美子(早稲田大学・継続)、佐伯孝弘(清泉女子大学・継続)、金子幸代(富山大学・新規)、原国人(中京大学・国語)の6氏に、常任委員の上野誠(重複)、三角洋一が加わり、三角が委員長をつとめた。

 選考委員会の発足は本来昨年10月からであるべきところ、新規の委員について常任委員会による承認を得るのに不手際があって、正式には12月から選考に入った。その時点では、候補作は中古2件、近代1件で、あらかじめ候補作一覧と推薦書を全委員に送付し、研究室ないし大学で閲覧できるようにお願いするとともに、その時代を専門とする室城、金子両委員と、中古に詳しい原委員には査読を依頼し、コメントをいただくことにした。

 本年1月未には、候補作3件のそれぞれ一章分ほどのコピーと査読結果のコメントを全委員に送付し、必要があれば意見書を提出していただくことにした。2月中旬になってから、新たに自薦による中古の応募作1件があったため、時間的な制約もあって、委員長の三角が査読結果のコメントを付し、一章分ほどのコピーとともに全委員に送付した。

 選考委員会は年度末の3月29日(月)に東京大学教養学部14号館研究棟で開かれた。やむを得ず欠席された3委員からは事前に書面にて意見をいただいた。慎重に審議した結果、選考委員会としては、
     星山健氏『王朝物語史論-引用の『源氏物語』-』
          (笠間書院、平成二〇年一二月二五日刊)
を授賞作に推薦することが決定された。星山氏は昭和40(1965)年生まれで選考の対象となった一昨年の時点で43歳、現職は宮城学院女子大学教授である。『王朝物語史論』の内容と構成の概要は次の通りである。

第Ⅰ部 『源氏物語』の達成-人物造型と物語引用
 第一編 光源氏像の形成-超越的主人公たらしめるもの(三章からなる)
 第二編 主人公を取り巻く者達の政治性-内大臣と宇治中君(三章)
 第三編 脇役的人物の造型-局面性と一貫性、あるいは歴史引用と物語引用
 (二章)
 第四編 『源氏物語』における『源氏物語』引用(二章)
第Ⅱ部 物語の行方-『源氏物語』引用の諸相
 第一編 『源氏物語』超克の試み-後期物語論(二章)
 第二編 『源氏物語』的恋愛観からの離反-『今とりかへばや』論(四章)
 附 批評する物語、『無名草子』(二章。総計十八章)

 星山氏の著書は副題に「引用の『源氏物語』」とあるように、「引用」という概念を中心に据えて、『源氏物語』以前の物語から『源氏物語』へ、さらに、『源氏物語』から平安後期・末期物語へと展開してゆく王朝物語史を、物語の詞・表現に即しながら構築してゆく広く大きな視野に立ったものとなっている。論証の過程では、先行論文の問題点を指摘しながら、鋭い批判の目を向けて分析したうえで妥当な結論をみちびくという、オーソドックスだが学問的な良心を感じさせる著作である。

 具体的に挙げれば、第Ⅰ部第二編の第一章「「藤裏葉」巻論-「人にはことなる」内大臣の対光源氏意識の変化に着目して」は、「文学・語学」第190号(平成20年3月)に掲載された論文をもとにしているが、これは第二章「「若菜上」巻以降における太政大臣-皇女降嫁への執着と柏木の死、そして政治の物語の終焉」と密接な連関があって、『源氏物語』の三部構成説における第一部の最終巻である「藤裏葉」巻に描かれる、光源氏の息子夕霧と頭中将の娘雲居雁の結婚を、光源氏と頭中将の長年の確執の解消を語るものとする従来の通説に対して異を唱えたもので、星山氏はそこまでは言っていないが、三部構成説そのものに対する異議申し立てにもなっていると思われる。

 王朝物語を縦断する論として、第Ⅱ部第四章「王朝物語史上における『今とりかへばや』「心強き」 女君の系譜、そして、(女の物語)の終蔦」(初出は「国語と国文学」平成一八年四月)は、『竹取物語』『宇津保物語』『源氏物語』『夜の寝覚』を通して見られる「心強き」女君たちの系譜を、用例を丹念に分析しながら、「心強し」の語が、「王朝物語における女の生きがたさの歴史とともに存在するのである」と結論づけている。そして、そのような〈女の物語〉としての王朝物語のあり方に幕を下ろしたのが『今とりかへばや』で、それが古本とは異なる今本独自の要素として分析することで、『今とりかへばや』が王朝物語史の転換点に位置する作品であることを明らかにしている。

 選考委員会においては多くの委員が、星山氏の著作を明解で説得力をもつものとして推奨した。「史論」といいながら、「引用」という問題に限られていて、明確な「史観」が感じられないという厳しい意見もあったが、星山氏の態度と方向にはさらなる発展が見込まれ、大きく王朝物語史を書き換える可能性を秘めているという好意的な評価もあって、最終的には今後への期待も込めて、本学会賞にふさわしい著作であるとの判断に達した。

 選考経過および選考理由は以上の通りであるが、選考過程で問題となった点について付言しておきたい。第一点は、学会賞の存在を広く知らしめ、自薦・他薦の応募作がもっと増えるように努力する必要があるということで、選考委員が率先して応募対象となりそうな著書・論文に注意を向け、場合によってはなにがしかの働きかけをも心がけることが話し合われたが、また事務局、常任委員、委員をはじめとして、ちょっとした機会にPRしていただくことを要望したい。第二点は、今回、審査対象の範囲内にある著作が審査期間のほとんど最終段階で応募してきたことが問題となり、応募についても締切り日をもうける必要があると痛感したことである。募集の記事に、「随時受付けていますが、締切りは当該年の11月末日とします」を追加することを、常任委員会にお諮りしたい。

第四回全国大学国語国文学会賞  平成21(2009)年度

蕉風俳論の付合文芸史的研究  

永田英理氏

(明星大学・武蔵野大学・白百合女子大学非常勤講師)


『蕉風俳論の付合文芸史的研究』

(ぺりかん社刊、2007年)

■第四回全国大学国語国文学会賞選考経過および選考理由

選考委員長 神野藤昭夫

  第四回全国大学国語国文学会賞にあたっては、同賞選考委員会を、平成21年3月28日に、跡見学園女子大学文京キャンパス一号館において開催し、永田英理氏の業績を授賞候補とすることで一致をみた。ついで、全国大学国語国文学会賞規程第七条六項により、4月11日に、國學院大学において開催された全国大学国語国文学会常任委員会において承認を求め、その結果を6月6日に明治大学リバティータワーを会場として開催された夏季大会における委員会において報告、7日に授賞式を行ったところである。

 以下、経過のあらましを補足する。
 昨年夏季大会以降、本賞への応募件数は、2件。うち、1件は、昨2008年10月の刊行であった。規程第四条に「当年度九月までに公表された」ものと規定されており、今回の候補作としては選考対象から除外し、次年度(第五回)の選考候補作となることを確認したうえで、実質、1件について選考を行った。

 選考委員は、文学・語学の時代順に述べると、上野誠(奈良大学・新規)、原岡文子(聖心女子大学・継続)、田渕句美子(早稲田大学・新規)、佐伯孝弘(清泉女子大学・新規)、小泉浩一郎(東海大学・継続)、糸井通浩(京都光華女子大学・継続)の6氏に、委員長として、規程により総務担当の常任委員神野藤昭夫(跡見学園女子大学・継続)が加わった。

 折からの繁忙期のため、常任委員会の開催が4月に延びざるをえなかったように、選考委員会も当日の出席は3名にとどまったが、他の選考委員には、事前に書面による詳細な意見ならびに委任状を提出いただき、慎重かつ厳正に選考を行ったところである。

 選考委員会が候補著作として選考したのは、次の研究業績である。
     永田英理『蕉風俳論の付合文芸史的研究』(ぺりかん社 2007年2月28日発行)
 永田英理氏は、生年は、昭和52年(1977)。同書の刊行当時は、二十九歳という若さであり、刊行期間についても規程上問題のないことを確認した。応募時点における同氏の肩書は、明星大学・武蔵野大学・白百合女子大学の非常勤講師である。

 選考では、はじめに、書面による各委員の意見を紹介し、出席委員各位が見解を述べ、ついで審議に入り、活発な意見交換ののちに、永田氏の著作を授賞候補作とすることに、全委員が一致して賛成したところである。

 次に、永田氏の著作の選考理由の骨子を述べる。
 永田氏の著作の大要は、次のような構成からなる。
第Ⅰ部 蕉風連句の分析とその方法
  第一章 蕉門の式目・作法観
    第一節 蕉門の式目観――許六と支考――
    第二節 『去来抄』「故実」篇にみる式目・作法観
  第二章 「恋離れの句」考
  第三章 連句一巻総評論
第Ⅱ部 支考の「七名八体」説の付合文芸史的考察
  第一章 座の文芸理論――支考の「七名八体」説の浸透と変質――
  第二章 蕉風連句における「有心付」の検証――「有心付」は「匂付」にあらず――
  第三章 蕉風連句における「起情」の手法をめぐって
  第四章 蕉風俳論における付合用語としての「会釈(あしらひ)」の変遷
  第五章 「色立」という手法
    第一節 「色立」の付合文芸史的考察
    第二節 色彩表現と俳諧――「色立」の手法の転用をめぐって――
  第六章 「拍子」考――句調論から付合論へ――
第Ⅲ部 蕉風発句論への視座――「題」「本意」と「実感」「実情」と――
  第一章 蕉風俳論における「本意」の一考察
  第二章 「題」の俳論史――詞の題、心の題――
  第三章 詩人芭蕉 感性の覚醒―― 発句表現における「触覚」のはたらき――

 全331頁に及ぶ永田氏の著作の大筋は、蕉風連句の評価を、俳論という物差しをもって試みるものであるといえる。しかもその俳論については、さらに歌論・連歌論をも視野に収め、広く渉猟、俯瞰したうえで、付合の理論とその手法の史的検証をしようとしたところに大きな特色と価値がある。

 いわば、理論と実作との関係に留意することによって、たんなる主観的な鑑賞批評ではなく、付合に関する俳論や作法書を確認しながら実作品を分析するという明確な方法意識をもち、そのうえに立って分析を行っている。

 しかもその論は、実証的で手堅い研究方法にもとづく一方、第Ⅲ部の「詩人芭蕉 感性覚醒」の論では、西洋の認知科学における「体性感覚」という理論を用いて、芭蕉の句の視覚と触覚を融合させた感覚の鋭さを確認するなど、方法論における革新的で学際的な意識や柔軟さも持ち合わせている。

 いずれの論も、先行論文をきちんと踏まえ、その論の運びも明解にして老練でさえあるといえる。

 こうした大局的な見地からの評価のみならず、専門領域の委員からは、新見と認められる点の具体的な指摘が逐一、列挙され、審議の参考に供せられたことをここでは付記するにとどめる。

 審議経過においては、和歌・連歌をも包括する視野を広さを評価する一方、詩歌史全般にわたる場合の分析方法についての要望が求められたり、新たな研究視点を評価する一方、現時点ではなお論じ方が十分でないとの意見など、いわば楯の両面について活発な意見が行われた。

 結論として、明確な方法意識をもって、実証的でかつ柔軟、明解に問題を論じ、これを広い視野で論じることによって、蕉風研究のみならず、日本の詩歌史における新たな研究側面をきりひらいた業績として、本学会賞にふさわしい著作であるとの判断に達したところである。

 選考経過および選考理由は、以上のとおりであるが、選考過程で問題となった点について、委員長の立場から特に付言する。
 第一点は、本賞の振興にかかわる点である。永田氏の著作は、選考対象数とはかかわらずきわめて優れた著作であることは委員の一致した見解であるが、もっと積極的な応募を求めたい。またこの点に関し、常任委員会からは「国語国文学の研究の推進のために、特に若手研究者を顕彰することを目的とする」規程条項に鑑み、選考委員は本賞にふさわしい著作の発掘に意を用いることを含みとするよう要請があり、選考委員会もこれを委員任期中の職務とすることで、共通理解を得たところである。
 また第二点、本賞の選考経過にあたって浮上した二三の問題点については、六月大会の委員会ならびに総会の議をへて、既に学会賞規程の改正によって是正されたことを付記する。

第三回全国大学国語国文学会賞  平成20(2008)年度

萬葉学史の研究  

小川靖彦氏

(青山学院大学教授)


『萬葉学史の研究』

(おうふう刊、2007年)

■第三回全国大学国語国文学会賞選考経過および選考理由

選考委員長 神野藤昭夫

 最初に選考経過について述べる。
 第三回全国大学国語国文学会賞選考委員会は、平成20年3月29日に、和洋女子大学東館16階会議室を会場として開催した。
 今年度の選考委員は、岩下武彦(中央大学)、原岡文子(聖心女子大学)、千艘秋男(東洋大学)、渡辺憲司(立教大学)、糸井通浩(京都光華女子大学)の各教授。選考委員長は、規程により、総務(企画)担当の常任委員である神野藤昭夫がその任にあたった。

 選考にあたっては、選考委員には、推薦による候補作の査読をお願いし、欠席の委員からは、意見ならびに委任状を提出いただき、候補者の候補資格について審議ののち、その著作について慎重、厳正、かつ忌憚のない意見交換を行ない、次の方を、第三回全国大学国語国文学会賞の受賞候補者とすることに、委員の総意として意見の一致をみたところである。
     受賞候補者 小川靖彦氏(青山学院大学文学部日本文学科教授)
                        1961年12月6日生
     受賞対象作 『萬葉学史の研究』(おうふう 2007年2月24日刊)

 選考委員会の選考結果は、ただちに同日に開催された常任委員会において、受賞候補者の承認を得たところであり、その結果は、平成20年6月7日の委員会で報告されることによって、正式決定の運びとなったところである。

 なお、選考委員会および常任委員会においては、選考に先立って、候補者としての基礎資格、すなわち規程第三条「本賞の受賞対象者は、本学会会員で、原則として四十五歳までの研究者とする」の条項について協議を行ない、小川靖彦氏が受賞対象作を刊行された時点において四十五歳であることを確認し、条項に適合するとの判断の上にたって、選考審議、承認を行なったことを申し添える。

 次に選考理由について述べる。
 受賞作は、
    序章 萬葉学史の研究とは何か
    第一部 萬葉集写本史の新しい視点
    第二部 日本語史・日本文学史のなかの萬葉集訓読
    第三部 仙覚の萬葉学――十三世紀における知の変革――
    第四部 仙覚の萬葉学の行方
    終章 萬葉学史の研究の課題
から成り、さらに
    ・平安時代の『萬葉集』写本年表
    ・仙覚略年譜
および索引を付した、634頁に及ぶ著作である。

 本書の意図は、『万葉集』の研究の歴史を、現代とは異なる研究のありかたを示すものとして、歴史的に、その背後にある文化や知の構造にまで遡って明らかにすることをめざしたものである。このような意図は、本書を、たんなる『万葉集』研究の歴史をこえて、歌集と政治のありかた、「古代」像の変貌、古典を取り巻く文化的ネットワーク、「思想」としての学問、「書物」というものが具現する聖性と権力など、日本の文学史、思想史、言語史、書物史などにあいわたる研究領域を切り開くことに繋がるものとしている。

 すなわち、このような新たな〈知〉の観点に立つことによって、本文の書写形式・本の装丁などの書誌的観点や、本文訓読と仮名書き本文との関連、仮名文字による表現の問題などの国語学的観点、新たな資料の紹介とその位置づけなど、多様な方法、視点から広汎な考察を展開しており、しかも、その一貫した実証的な態度と緻密な論理構成のもとに得られた成果は、いずれも精細で独創性に満ちた内容であると評価できるものである。

 このような本書の業績は、万葉集研究ばかりでなく、広く日本文学研究、さらには歴史・思想・古筆などの諸領域に寄与し、新たな研究を刺激するものとして、全国大学国語国文学会賞に、まことにふさわしいものということができる。

 以上が、第三回全国大学国語国文学会賞の選考経過ならびに選考理由である。

第二回全国大学国語国文学会賞  平成19(2007)年度

光源氏物語 學藝史 右書左琴の思想  

上原作和氏

(青山学院女子短期大学非常勤講師)


『光源氏物語 學藝史
右書左琴の思想』

(翰林書房刊、2006年)

■第二回全国大学国語国文学会賞選考経過

選考委員長 宮崎莊平

 第二回本学会選考委員会は、平成19年3月1日、東京グリーンホテル水道橋「瑪瑙の間」を会場として開催された。出席委員は、委員長 宮崎莊平(本学会常任理事・新潟大学名誉教授)のほか、永井和子(中古・学習院女子大学学長)、千艘秋男(中世・東洋大学教授)、渡辺憲司(近世・立教大学教授)、清田文武(近現代・放送大学客員教授)、飛田良文(国語・国立国語研究所名誉所員)の方々、公務欠席、岩下武彦(上代・中央大学教授)委員。

 推薦・応募の選考対象者について、①会員であること、②45歳未満の若手研究者であること、③対象刊行物が規定期間(平成16年10月1日~同18年9月30日)内の刊行であること等、資格を確認の上、選考審査に入り、各委員が事前に査読したことに基づき意見交換を行いつつ進めた。欠席の委員には「選考意見書」を提出願い、委員長から席上紹介し、参考とした。

 選考対象の刊行物はいずれも豊かな特徴を有しているために、容易には優劣を決しがたく、時間をかけ慎重に結論を導き出すことに努めた。その結果、上原作和『光源氏物語 學藝史 右書左琴の思想』(平成18年5月20日、翰林書房刊)を受賞候補とすることに意見の一致を見るに至った。

 音楽受容史・日本漢籍受容史を論じる第一部に始まり、『源氏物語』の文献学的研究と本文研究の現状を考察する第二部、続いて『源氏物語』と古代音楽との関わりを論じる各論を配する第三部、そして紫式部の伝記考証に関する第四部から構成されている上原氏の当該著述は、これら全体を通じて、出典論・作家論・歴史社会学などの諸成果を踏まえつつ、「光源氏物語」の成り立ちと仕組みを究明するものである。そのなかで特に、『源氏物語』と古代音楽、例えば琴曲「胡苛」との関わりを探るなど、影響関係を考察し、それを本文解釈に及ぼす等々、視野広く、かつ躍動的な論述を展開するところに顕著な特徴が認められる。著述の標題に「右書左琴」とあるが、その思想さながらに、文学と音楽との交渉関係について事実考証と出典考証が意欲的になされている。これらの特徴が評価されて、受賞候補として選考委員の意見の一致をみたのである。とともに、ややもすれば停滞しがちな研究の現状打開への旺盛な意欲が認められること、研究状況の一層の活性化を促す要素を持ち合わせていることなども併せ評価された。

 上のごとき選考委員会の結論を受けて、平成19年4月14日開催の常任理事会で議事として審議の結果、最終的に決定をみたのである。なお、授賞式は平成19年6月3日、二松学舎大学を会場として開催された夏季大会で行われ、中西進会長から賞状ならびに副賞が授与された。

 ちなみ上原作和氏は、昭和37年(1962)11月生まれ、45歳。大東文化大学大学院博士課程単位取得。博士(文学・名古屋大学)。現在、青山学院女子短期大学講師(非常勤)。

第一回全国大学国語国文学会賞  平成18(2006)年度

山東京山年譜稿  

津田眞弓氏

(日本女子大学非常勤講師)


『山東京山年譜稿』

(ぺりかん社刊、2004年)

■第一回全国大学国語国文学会賞の選考経過

選考委員長 飛田良文

 学会賞選考委員会は、平成18年4月1日、東京グリーンホテル水道橋「瑪瑙の間」において、開催された。出席者は、委員長:飛田良文、委員:上野誠、永井和子、浅見和彦、清田文武、オブザーバー:宮崎莊平、日向一雅(以上常任理事)、欠席者:山下一海(委員、病欠)である。

 まず、選考の進め方について意見を交換して意見の一致をみた。
 一、手順については、①応募者が全員本学会員であること、②いわゆるダブル受賞も認めること、③年譜や索引等も選考の対象とすること、④受賞者は一名に限ること、を確認し合意した。
 二、授賞に「ふさわしい」ことの順位の決め方(基準)については、①独創的発想・構想、②正確さ・明快さ・明晰性、③新しい分野の開拓と将来性、とする。いいかえれば自立した研究者としての研究成果が示されていること。
 三、最終決定の方法については、合意をめざして審査を進めることとし、投票する場合は一人一票で候補を選ぶこととした。意見が分かれ同票の場合については、委員長に委ねることで合意した。

 次に、応募作品四点については、いずれも「ふさわしい」と評価されたので、委員長宛に提出されていた全委員の審査評をもとに、当該委員が説明し、つづいて全委員が意見を述べた。その後、応募作品を見渡して第一候補と第二候補を挙げ、その結果、津田眞弓著『山東京山年譜稿』(ぺりかん社、平成16年5月刊)を第一位と決定し、全員合意した。

 『山東京山年譜稿』の特色は、大別して次の五点にある。
一、山東京山の伝記と著作の全容を示した最初の年譜である。山下一海委員の言葉を借りれば、前人未踏のものである。
二、京山は合巻の最長・最多の作者で、活動期間が合巻の歴史とほぼ一致する。したがって、本書は京山書誌にとどまらず、合巻史の中枢をなし、半世紀に及ぶ出版文化の変遷が読みとれる。
三、京山の活動(商売・篆刻・茶道)と交友範囲(大名家・文人・地方)の広さは、身分を越えて交流する江戸文化の諸相を反映し、周辺人物の伝記研究を補完する。山東京伝・曲亭馬琴・鈴木牧之など。
四、山東京山像を再構築し、通説の誤りを正した。例えば、「北越雪譜」の成立に関する通説、兄嫁を死に追いやったという通説、など。
五、近世後期の戯作に対する新しい評価軸を提示した。京山らしさは、平易さ、温かさ、温和な教訓性、企画力などにあることを肯定的に評価した。

 以上から、選考委員会は『山東京山年譜稿』を学会賞に価すると認め、合意の上、決定した。

文学・語学賞

平成28(2016)年度文学・語学賞

山崎薫氏

(早稲田大学大学院生)


「『うつほ物語』における声振りを用いた催馬楽引用」

『文学・語学』215号(平成28年4月)

 全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものと見なされる論考に対して、「文学・語学賞」を授与することになっております。

 平成28年度の当該の賞(215~217号掲載の若手の研究者の論文が審査対象)につき、編集委員会において慎重に審査いたしました結果、上記の論考が授賞候補となり、常任委員会の承認をえて授賞対象と決定いたしました。授賞式は、平成29年度夏季大会における総会(平成29年6月4日)において執り行われました。詳細は次の通りです。

受賞理由

文学・語学賞選考委員会(『文学・語学』編集委員会が兼ねる)

 山﨑薰氏の当該論文は、『うつほ物語』における催馬楽引用の問題を取り上げたものである。『源氏物語』のなかには二十三曲もの催馬楽の引用が見られ、それについてはすでに多くの研究がなされている。一方で『うつほ物語』には四曲の引用が見られるが、その考察はあまりなされておらず、当該論文はそこに光をあてたものである。

 『源氏物語』と比較して引用される曲数自体は少ないものの、『うつほ物語』では催馬楽の「声振り」を用いて作中人物が和歌を歌うという特異な例が見られ、氏はそこに着目する。「声振り」の語は『うつほ物語』で三例確認できるが、同時代の文学作品には見られない。そこで氏ははじめに、楽書『残夜抄』や『梁塵秘抄口伝集』を参照しながら、催馬楽の「声振り」で和歌を歌うことがいかなる行為であるかを明らかにした。先行研究を踏まえつつ、それが聞き手に対してどの楽曲か分かるよう、いわば「替え歌」のように催馬楽の旋律で自作の歌を歌うことだと述べている。

  続けて、そうした「声振り」で歌われる和歌が物語でいかに機能しているかを分析する。「祭の使」巻では、正頼と兼雅とがそれぞれ催馬楽「我家」・「伊勢海」の「声振り」で和歌を贈答するが、氏はこれら催馬楽の詞章と和歌が、あて宮の結婚をめぐる両者の意識と深く結びつくのだと論じた。また「菊の宴」巻では、実忠が「妹之門」の「声振り」で和歌を詠むが、ここでもその詞章と和歌が、妻のもとに立ち寄る物語の状況と重なるのだとする。

 以上のように、「声振り」という特異な語の意味を論証しつつ、催馬楽の詞章が物語の展開と深く連動することを示し得た点で当該論文は評価されよう。歌謡と和歌の交渉、『うつほ物語』における催馬楽引用、これらの問題を切り拓くものとして、文学・語学賞に値する論文である。

平成27(2015)年度文学・語学賞

池原陽斉氏

(東洋大学非常勤講師)


「『萬葉集』本文校訂に関する一問題
    ――類聚古集と廣瀬本を中心に――」

『文学・語学』213号(平成27年8月)

 全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものと見なされる論考に対して、「文学・語学賞」を授与することになっております。

 平成27年度の当該の賞(212~214号掲載の若手の論文が審査対象)につき、編集委員会で慎重に審査いたしました結果、次の論考が授賞対象と決定いたしました。授賞式は、平成二十八年度六〇周年記念大会の総会(六月五日、於青山学院大学)で執り行われました。詳細は次の通りです。

受賞理由

文学・語学賞選考委員会(『文学・語学』編集委員会が兼ねる)

 池原氏の当該論文は、二つの目的を持って書かれている。一点は、万葉集の別系統の伝本である類聚古集(平仮名訓本)と藤原定家本を親本とする廣瀬本(片仮名訓本)とのつながりを具体的に検証することである。その検証から廣瀬本の生成過程を想定することが、もう一点である。

 まず後者について、外部徴証から類聚古集と廣瀬本の接点を探る。定家の父俊成の初稿本『古来風躰抄』の記述から、俊成が類聚古集を知悉し、『明月記』の記述では定家が類聚古集をさほど珍重していないことを示唆するとし、類聚古集が御子左家に所持されていた可能性を述べる。また俊成は当初末尾「九十四首無き本」を万葉集の証本と主張していたが、再撰本『古来風躰抄』ではその主張がなされなくなることを示す。廣瀬本も末尾九十四首だけ体裁が違うものが附加された形態を持つことなどから、定家が俊成の証本を受容した蓋然性が高いとする。池原氏はこれらを総合し、俊成が廣瀬本祖本を作成するにあたって類聚古集を利用した可能性を指摘する。

 次に前者の類聚古集と廣瀬本とのつながりを内部徴証から丁寧に論証する。共通する本文・脱字・衍字・改字を二十四例にわたり、慎重に指摘し、後者の論証としていく。

 氏の論考は、従来別系統と考えられていた二本の生成過程を両徴証からつないだものであり説得力に富む。特に内部徴証は、偶然の一致の可能性も考えられる三例を排除するなど、極めて慎重な態度でなされている。二〇一二年に「『古今和歌六帖』萬葉歌の再評価」で「全国大学国語国文学会研究発表奨励賞」を賞した池原氏が、真摯に研究を積み重ねた成果としての論文である。その内容・論証方法も堅実丁寧で、上代文学研究者のみならず、他の時代・分野の若手研究者の範となる論と考えられ、文学・語学賞に値する論文であると言えよう。

平成26(2014)年度発行『文学・語学』

張ユリ氏

(論文発表時は名古屋大学大学院生、現在、韓国・慶北大学校非常勤講師)


「雑誌『モダン日本』が構築した「モダン」――雑誌のブランド化と読者戦略――」

『文学・語学』第211号(平成26年12月)

 全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものと見なされる論考に対して、「文学・語学賞」を授与することになっております。

 平成26年度の当該の賞(209~211号掲載の若手の論文が審査対象)につき、編集委員会で慎重に審査いたしました結果、上記の論考が授賞対象と決定いたしました。授賞式は、平成27年度夏季大会の総会(6月7日、於大東文化会館ホール)で執り行われました。

授賞理由

文学・語学賞選考委員会(『文学・語学』編集委員会が兼ねる)

 張ユリ氏の当該論文は、1930年代から40年代にかけて発行された雑誌『モダン日本』のメディアとしての特徴と独自の戦略を分析したものである。1930年代の日本において「モダン」という言葉は世俗的に流行し、多くの「モダン」系雑誌が誕生したが、現在では実物を確かめることも容易ではなくなっている。その中で唯一『モダン日本』だけが国立国会図書館にも数多く所蔵されており、現在においても言及されることが多い。これは単に数量の問題だけではなく、雑誌自体に独自の戦略があったことに基づくのではないかというのが氏の主張である。

 その戦略とはまず、①編集長の馬海松が、読者層を「移動する若者」に想定し、雑誌販売の市場として汽車及び駅に注目していたこと、②定型化した視覚イメージ作りのための表紙デザインの統一や、誌面の中のキャラクターの登場等、③「モダン日本」という名前を競走馬や商品につけることによるブランド化、の三つである。さらに読者との関わりにおいては、「積極的に読者の参加を誘導することができるシステムを構築」するための「モダン日本クラブ」という会を作り、割引券付きの会報や、会員を対象とするティーパーティの開催等により、読者を受動的な役割から行動する主体へと転身させていった。このような「体験」を通じての読者の組織化こそが、他の「モダン」系雑誌とは異なる『モダン日本』の特徴なのだと氏は述べている。

 張論文は、これまで研究資料として扱われることの多かった『モダン日本』の、雑誌メディアとしての内実を正面から取り上げた点が高く評価できる。『モダン日本』以外の「モダン」系雑誌の調査も踏まえており、今後の研究の礎となる部分も多い。文学・語学賞に値する論文であると言えよう。

平成25(2013)年度発行『文学・語学』

大橋崇行氏

(岐阜工業高等専門学校助教)


「美妙の〈翻訳〉―『骨は独逸肉は美妙/花の茨、茨の花』の試み―」

『文学・語学』第206号(平成25年7月)

 全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものと見なされる論考に対して、文学・語学賞を授与することになっております。

 平成25年度の当該の賞(206~208号掲載の若手の論文が審査対象)につき、編集委員会で慎重に審査いたしました結果、次の論考が授賞対象と決定いたしました。授賞式は、平成26年度夏季大会時の総会(5月25日、於県立神奈川近代文学館)で執り行われました。

授賞理由

 大橋崇行氏の当該論文は、日本近代の黎明期に幅広い分野で活躍した文学者である山田美妙が持っていた〈翻訳〉に対する考え方の独自性を、実際の美妙の翻訳とその原拠の比較をもとに明らかにした点が高く評価できる。氏は、先行研究に於いて原拠不明の翻案作品とされていた美妙の小説「骨は独逸肉は美妙/花の茨、茨の花」の原拠を明らかにした上で、「美妙にとってこの作品を書くという営為は、原文を日本語に置き換えた上で、さらに具体的な内容を書き加えていくという作業そのものだったのである」と述べる。これと明治十九年頃に書かれた「翻訳文」について論じた草稿を合わせて考えることで、美妙の〈翻訳〉に対する問題意識が、坪内逍遙の影響による「和文」による翻訳の採用や、小説の言文一致の問題と密接に関わることを指摘し、美妙は「言語や国家を超えて人間が共通して持つ概念や言葉の法則を抽出していくことが〈翻訳〉であるという問題意識を獲得していた」のだと結論づける。美妙の文体観の変化を実証的な手続きを経て確認し、新たな問題意識を有した当時の美妙の積極的な姿勢を明らかにしている。

 また、美妙の翻訳、文体に対する問題意識を考察する際には、同時代の言語状況、文学状況を広くその考察の内部に含みつつ、美妙が達成した独自の有り様に論究、積極的に評価するということを行っている。このことは、大橋論の射程の長さと視野の広さを物語るものでもある。関連する同時代状況への周到な目配りを行った上での考察は、美妙研究という枠組みを超えて、明治初期の文体研究に一石を投じるものである。

 以上の理由から、大橋論は山田美妙研究に於いては画期をなす論であり、また、同時代の言語・文体研究への広がりを持つという点に於いて新たな方向性を示している。「文学・語学賞」にふさわしい論の出現を喜びたい。

平成24(2012)年度発行『文学・語学』

山﨑かおり氏

(國學院大學兼任講師)


「『古事記』仁徳天皇条の『三色に変る奇しき虫』」

『文学・語学』第205号(平成25年3月)

 全国大学国語国文学会では、年度毎に『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最も優れたものと見なされる論考に対して、文学・語学賞を授与することになっております。

 平成24年度の当該の賞(第203~205号掲載の若手の論文が審査対象)につき、編集委員会で慎重に審査致しました結果、 上記の論考が授賞対象と決まりました。授賞式は、平成25年度夏季大会時の総会(6月2日、於成城大学)で執り行われました。

授賞理由

 山﨑氏の当該論文は、『古事記』研究における本文研究の重要性を改めて示した点が、高く評価される。

 『古事記』仁徳天皇条には、天皇と八田皇女との婚姻に対する妬心から独り筒木宮に入ってしまった大后石之日売命と天皇との関係修復の役割を担うものとして、「三色に変る奇しき虫」が登場する。しかし、当該のモチーフには周辺の本文を含めた解釈をめぐって諸説があり、定説が得られていない。本論文は当該モチーフについて『古事記』諸本の字体・字義・用法を詳細かつ緻密に検討して本居宣長『古事記伝』以来の通説的見解を改め、新たな校訂本文を提示した。

 次に、三種に変化する虫を「奇し(奇異し)」とする理由及び天皇と大后との関係修復におけるその虫の役割について、蚕の三態や変態過程が「奇し」にふさわしい瑞祥性を有すること、皇帝・皇后の親耕・親蚕という中国古代の思想との関わりから校訂本文の文字が天皇・大后の行う農業・養蚕に関連する表現であるとし、天皇・大后それぞれが筒木宮に行く行動の正当性とこの虫が夫婦和合の象徴となるものであることを論じた。

 本論文は『古事記』の堅実な本文研究に基づいて明確な解釈を提示し、そこに中国的な皇帝・皇后像の影響を背景として加え、仁徳天皇条の新たな理解を拓いたものであり、本文一字の検討から当該条全体への読み替えにつなげたダイナミックな論として、『文学・語学』賞にふさわしいものである。

平成23(2011)年度発行『文学・語学』

高木彬氏


「目的なき機械の射程―稲垣足穂『うすい街』と未来派建築―」

『文学・語学』第202号(平成24年3月)

平成22(2010)年度発行『文学・語学』

笹尾佳代氏


「少年少女の『たけくらべ』―児童文学としての樋口一葉―」

『文学・語学』第198号(平成22年11月)

平成21年度(2009)発行『文学・語学』

佐藤友哉氏


「『に』受身文と『によって』受身文の成立条件」

『文学・語学』第196号(平成22年3月)