長く木曽の生活を研究してきたフランスの民族学者に、農民から家屋が贈られた。日仏文化交流をめざし農家をパリに移築するプロジェクトがいま、すすんでいる
コビー 25、6年前です。東洋学校を出ていますから、ある程度日本語はできたけど、不自由していた。東大の農村社会学の研究室に入ったわけです。だから、フランスの学生の五月革命を知らないのよ。
小松 どうして農村社会学に?
コビー 私は民族学が専門なんです。東洋学校卒業後、パリ大学で民族学を学んできたので人類学か民族学をやりたかったけれども、東大の人類学は、中根千枝さんとか、泉靖一さんもみんな外国の文化を紹介してるわけ。日本のことを直接教えてもらうところというと、福武直先生の農村社会学だった。
小松 家は大きかった?
コビー 小さい、木材の家。入る前にすごい匂いがした。後からわかったんだけど、山羊の雄がいたわけ。村に頼まれてこのお婆さんが育てているから。なかに入ってみると、昔の家の構造そのままですよ。
小松 全部、黒く煤けてる?
コビー 綺麗ですべすべなんですよ、全部。真っ黒の木材で。綺麗に毎日、拭いているそうでした。
コビー 28年ぐらいです。私がいちばん印象的だったのは、もちろん家もそうだけど、その家族の雰囲気とそのお婆さんの精神。そのお婆さんは田舎の、半分に背中を丸めて歩いてるお婆さんで、目がパチパチして、鋭い目つきでしたの。それなのにまろやかな感じですごく優しい。困ったときに、まずこのお婆さんのところに行って相談にのってもらうと、間違いないですね。このお婆さんに教えてもらうこと、すごいです、いつも。
コビー そう。その家にはもう誰も住んでいず、お婆さんたちが使ってた道具がそのまま置いてあるわけです。機織り機、囲炉裏ももちろん。それから、足膳とかそういうのもまだ残ってるわけですよ。このあいだ、お掃除してきたけど。
小松 それ自身が小さな博物館だね。
コビー 伝えたいということは、確かにそうですね。しかし、古い民家というだけならば、日本じゅうどこにでもある。たとえば私が友達に話をしたら、「京都なんか、すごい素敵な家があります。それを持っていけば」と言われたんです。それもいいけど、それは他の人ができるでしょうし。この家は、古いということだけで、木造の建築としてそれほどの素晴らしいものではないけど、昔の技術を保っていることと、もうひとつ一緒に行くのは、歴史。その家だけではなくて歴史が行くの。家族の歴史と、それからある社会の階層の歴史も一緒に行くということが、すごく私は大事だと思います。だからその歴史を大事にしたいです。私が自分の目で見なかったら、その歴史は知らなかったわけです。自分がわかっている歴史を確かに伝えたい。
この家も、人間が住むのにただ機能的であるだけじゃなくて、美しくしようという気持ちがあるわけです。すすで黒くなったりするということと、毎日どうしてお婆さんたちが木綿の布巾で拭かないといけないかということとかね。そういうのが根本的にわかれば、日本の文化のなかの美しいという概念がわかるんじゃないかという気がする。
小松 移転費がかなりかかるでしょう。それで梅棹さんが、万博記念財団の補助金の交付を申請して、それでどんと、かなりの額が付いて、それで募金が始まってるんだよね。運が悪いことに、バブルの崩壊のためにいま苦労してるんだけれども。トータルで5千万円ぐらいいるんでしょう。
コビー いまのところ、どのくらい集まったんだろう。まだ2千万いってないんですけれども、とりあえず移転費用は早急に、2千万円は必要で、第一次募金計画としては2千万円を目標にして、ひろく寄付をお願いしています。移転場所は、いろいろ見てきたけど、可能性として、たとえぱ南仏のニースにもできるし、モナコでも「ここにすれば」と言われたし。もしパリ市街のほうがうまくいかなかったら、ニースに行こうかと思うけど。
小松 行こう、行こう。(笑)
コビー だけど、できればパリのほうがいいと思うから。べルサイユ宮殿公園のなかの国立自然史博物館樹木園というのができたわけです。樹木園といって、いろいろな、世界じゅうの木が集まっています。アジア関係の木もだいぶ植えてあるので、そのアジア部分に移築しようかと。そして周りに信州の植物を植えたいわけですよ。山椒の木とかえごまとか。気候的には全く問題ない。
小松 庭園、菜園を添えておくとね、ひとつの生活系全部が行くのでしょう。
コビー 大変だけど、だんだん面白くなってきました。いろんな人にいろんなことを聞かれるので、だんだん細かいことまで考えるから、形がはっきりしてきます。日本の文化が生みだした家と、環境を丸ごと持っていきたいです。
小松 普通の寒村の、つましい人たちの文化が生みだした美しいものだな。バブリィな時代が過ぎて、やっと落ちついて価値観を見直すことができるようになった。いままでみんな、何でも簡単に手に入れられるという意識だったけど、やっと自分が持っているもののなかで、歴史的に持っているものの大きな価値を見直そうということね。じつは自然もそうなんですよ。だから、百年間の御嶽山の麓の、もう若い人じゃわからないかもしれないけど、それをちゃんと理解したかったらパリへ行けって、これ面白いと思う。日本人も、パリへ行ったら自分の価値がわかるし、それからヨーロッパの人たちも、それを見てくれるし。
コビー パリに行くと日本の文化がそこにもあるということがすごくいいことではありませんか。ヨーロッパに日本の古いものがあることで、日本の文化を客観的に見られるでしょう。日本のなかにあると見過ごしてしまうでしょう。
「全文ご覧になりたい方は、中央公論1月号をご覧下さい」
otobe@po.iijnet.or.jp copy; 1998, IO. All rights reserved.