『京都の若旦那コンピュータ奮闘記』
第55回 CD−ROMを作りました 99.07
CD−ROMは、マルチメディアの花形としてもてはやされて、もう10年近くになる。マルチメディアブームの頃は、ただちに印刷本はなくなって、世の中の本という本がCD−ROMになるかのように言われたものだ。実態はそうならなかった。いや、マルチメディアはCD−ROMを通り越してしまったという方が正しい。通り越して登場したのはインターネットである。今、電子出版というと、CD−ROMよりも、むしろインターネットを駆使したオンラインジャーナルの方向に行ってしまう。
そんな中で、当社ではCD−ROMを初めて作った。クライアントから要望があったのだ。ものはある学術雑誌のバックナンバーのデータベース。インターネットでも良さそうな企画だが、このバックナンバーというところがくせ者なのだ。昔の雑誌は電算ではなくて活版で組まれているから、データベースにするとしても、元になるデータがないのだ。従って画像として取り込むしかない。画像となるとこれはデータが太ってしまってインターネットにはとても向かない。
それと、CD−ROMのようなパッケージメディアだと、インターネットと違って著作権が守りやすく、金もとりやすい。インターネットはまだまだ無法地帯。電子マネーというような選択肢も整備されつつあるが、いったんインターネットに公開してしまったらただでばらまいているのと同じだ。その点CD−ROMはCD−ROMという物理的実体を金をだして買わねば、情報(この場合バックナンバー)をえることはできないわけで、版元の安心は大きい。
というような訳で、CD−ROM実際に製作をしてみたわけですが、これがなかなか大変だった。まず、古いバックナンバーを一頁ずつパソコン用のスキャナで読みとるのだけれど、昔の本は紙が変色しているし、古い活字印字は刷りムラが多い。これをきれいに画面に表現しようというと、かなりの解像度で撮って、あとは、ゴミ取りをやる必要がある。これに時間がかかってしかたがない。なんのことはないオペイクである。
編集はAcrobatを使った。すなわちPDF利用と言うことだ。理由は普及しているし、電子出版の基本的な機能がまとまっていて、製作しやすいからだ。ただ、CD−ROM製作なんてこちらも初めてだし、クライアントも発注するのは初めてなものだから、作りこんでいって、これじゃあダメだから作り直しということが多かった。ここで面倒だったのは、画像上にリンクを貼り込んでしまうと、容易には修正できないこと。修正があとからあとへ入ると、リンクがスパゲッテイのように入り組んで混乱してしまう。
最終的にはCD−Rにデータをつくりこんで、CD−ROMのプレス屋さんにもちこんだ。プレスばっかりは一介の印刷屋ではどうにもならない。CD−ROM表面とかジャケットのデザインは、いつもDTPでデザインをやっているチームに頼んだ。CDのデザインをやるみたいなものでこれは楽しんでやってくれました。
これで、プレス以外はすべて我が社製作というCD−ROMができたわけだ。苦労はしたし、利益もそんなにでたわけではないが、ノウハウが蓄積できたのは大きい。なにをやるにしても、外注に頼っていたのでは、新しい仕事には結びついてこない。今後は、こうしたCD−ROM製作技術と本の制作を絡めて、色々面白いことができそうだ。
今、CD−ROMを作りたいという問い合わせは意外に多い。紙で大ページ数の本なんか作ると、場所をとってのちのち始末に困るというクライアントが多いのだ。件のCD−ROMを発注したクライアントも第一の製作動機は溜まりに溜まったバックナンバーをなんとか処分したいと言うことだったようだ。紙の本や雑誌が、そこまでじゃまに思われてしまうというのも、印刷屋としては悩むところです。

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